2019年自分に課した目標であるビーサンでどこまで走れるのか?1発目は大村湾1周130㎞ウルトラジョグトリップだ。
大村湾1周ウルトラジョグトリップって?
以前は駄マラニックという名前で活動されていたのをご存知の方も多いと思うが、現在ジョグトリップという名前でいろんなマラニックを企画されている。
参加資格に書かれている
1.ゆっくり走れる方
2.自分のことは自分でできる大人の方
あるいは、
公共交通機関などを使ってワープするのも公認ルールです。
という文言が印象的でよく見ていたが、参加するのは今回が初めてだ。
現在、ジョグトリップで開催されているマラニックの中でも最長距離となる130㎞を25時間以内に走るというのが大村湾1周ウルトラジョグトリップだ。
大村湾ってどこ?から始まったものの、当日はハウステンボスの九州一花火大会があったり、夕日や夜景、日の出、桜など時期的にイベントも多く、まさにマラニックを満喫できそうな環境に心躍らせつつ現地入りした。
今回のミッションとは?
私の相棒 ベチュラエナジー
ベチュラエナジーで現在100㎞まで走れている。今回はそこから更に30㎞距離を延ばすチャレンジとなる。
思い起こせば、ベチュラン始めて3週間程度で橘湾岸スーパーマラニックの217㎞にチャレンジ。40㎞くらいから痛み始めた足の中足部が翌日からパンパンに腫れ上がった。
その後、ベチュラエナジーで走る練習を積んでチャレンジした壱岐ウルトラマラソン100㎞では、中足部の痛みも出ず完走。走れる足・脚になってきたのだと感じていた。
ランシューで走ると、衝撃緩和やクッションなどのテクノロジーのおかげで足は守られるものの、爪やマメのトラブルがつきものだ。
医師が治らないと断言した足底腱膜炎をも完治させたベチュランは、間違いなく足・脚を強化してくれたものと思うし、今ではランシューで走るほうが辛いほどだ。
そんなこともあり、ウルトラランナーとして自分の脚でどこまで走れるのか?を目標にしている私にとって、ベチュラエナジーでどこまで走れるのか?は同じ意味を持っているのだ。
さぁ、いざチャレンジ!
いよいよ130㎞の旅スタート!
左よりN夫妻、Hさん、M嬢、ワタシ 。。。途中でお話しした方(笑)
17時にスタートということだったが、初めてということもあり少し早めに現地到着。ちょうど16時にアーリースタートする方たちが集まってきていた。
大村湾という場所柄、海辺をずっと走ることとなり表面上の気温よりも寒いだろうなと思い、ウインドブレーカーまで着込んでいたが17時はまだ暑い。
とっさの判断でウェアを変更したり、足や股間にガーニーグーをヌリヌリしながらスタートの時を待つ。10分前に開会式が始まり競技上の説明を受けた後スタート。
せっかく1日1食やってたが、前日から5日間限定で解放w
今回はジョグトリップにたくさん参加経験があり、頼りにしていたN夫妻が16時にアーリースタートされたので、私と教室からベチュラン+ウルトラを追随しているM嬢と初参加の2人組でスタート!
酷なコンディションで厳しい前半65㎞
佐世保駅でも見たななつ星。鉄ちゃんたちがカメラを持って待ち構えていた
スタートからハウステンボス辺りまでは、もうじき花火が上がるという期待とともに快調に走る。
途中、夕焼けを眺めることもできた。
何といっても1日近く大村湾周辺にいる予定なので、いろんな景色を見れることが楽しみだ。
がしかし、間近で見る大村湾の大きさと遠くに薄~く映る対岸を見ると気持ちがめげそうになる…
日が暮れてしまって何も見えなくなるほうが好都合だな(笑)
まだまだ序盤。順調にハウステンボスに到着。
ちょうど花火大会の開始前だったので、ゆっくり移動しながら途中途中で花火を満喫することができた。約2時間近く花火が上がるのを観ながら、そして賑やかな音を聴きながら走る。
21時くらいになるとめっきり寒くなってきた。そして風がやたら強い…
体感温度はかなり低くなってきたように感じる。その後渡った西海橋では海風に晒されて寒さが一段と堪えた。
道中、真っ暗だが長崎オランダ村やバイオパークなど観光名所を通りながらひたすら進む。
ここから仮眠目標としていた65㎞地点までは、過酷そのものだった。
コースのアップダウンに加えて、日没後の海辺コースで冷たい強風に吹きつけられると心底厳しいコンディションだ。
オアシスと呼ばれる無人エイドでご用意いただいたお寿司やまんじゅうなどを食べていると、たちまち身震いしてしまうほどだ。
オアシス食の一部
しかも、たまにあるコンビニ以外は暖をとるような場所もなく、風を凌げる公共の場所すらなかった気がする。
のんびり腰を下ろして休憩もできない状態が続く。
私自身は何度も夜間走経験もあり徹夜経験もあるのでまだよかったが、M嬢は夜間走はおろか徹夜も初体験らしい。
かなり酷な気象コンディションの中、眠気と疲労で辛かったと思うが、何とか朝5時前まで頑張って動き続けた。
時折弱音を吐くものの、ホントによく頑張ってるな!とこちらが勇気や元気をもらうほどだった。
ようやく見つけた前半65㎞で唯一早朝に開いてたのが「すき家」
疲れ果ててこんな格好で寝てます…(笑)
ここまでナイスファイト!
私はチーズ牛丼で朝食を…
ん?前もM嬢が苦しんでいるときにローソンで唐揚げくんを頬ばってたような!? 黙っとこ…(怖)
しかしながら65㎞までに約12時間を要しており、当初予定よりも3時間近く遅れている。ワープしないと間に合わないかなとぼんやり考え始める。
しばしの仮眠後、「もうじき夜が明けると体内時計がリセットされて楽になるから!」と励ましつつ後半へ動き出す。
海の上ということもあるのか?市街地にしては星空がきれいだったので時折ヘッドライトを消して満天の星空を楽しんだ。
前半よりも調子が上がった後半65㎞
71㎞地点にステキな名前のバス停が♡
大村湾の日の出
振り返ると前半は珍しく全く眠くなかった。
ビーサンということもあり道の凹凸などで転倒して足を怪我したら終わりだと思って、終始その意識とM嬢へ足元注意喚起の声がけをしていたことが覚醒度が下がらずによかったみたいだ。
結局、声がけしながらも4,5回転びそうになり危なかったのは私のほうではあったが(恥)
すき家を出てからの後半は前半よりもアップダウンが厳しいことがマップの高低図からわかる。
1時間ほどすると徐々に日が昇ってきた。
どれだけ眠くても朝日を浴びると、シャキッとなるように人間はできてるようだ。M嬢も仮眠が足りたとは思えないが、やはり覚醒度は上がってきていて一安心。あとは気力で勝負の局面だ。
前半は眠気との闘い、後半は疲労とアップダウンとの闘い。橘に比べると楽だなと思っていたけどなめてはいけない。
ここは長崎。なかなか侮れないハードコースだ。
心強い救世主現る!
夜桜も観れたがやはり青空とのコントラストがいい
北九州から応援に駆けつけてくれたM夫妻と合流すると元気100倍!
ところどころ一緒に走ってくれました♬
ゴールまでずっと私設エイドしてくれるのでリュックを脱ぎ身軽になれただけでなく、常に1~2km先にいてくれる安心感、充実しすぎなエイド(笑)によって、走りに集中することができた。
ホントに感謝してもし足りないおもてなしを受けることができて、元気もチャージできてここからは結構走れた。
車が見えるとほっとする。至れり尽くせりの最高な移動応援団!
途中、徹夜の反動からか?一瞬意識混濁してしまう時間があったが、ひたすらゴールを目指して走る。前に進んでさえいれば残りは確実に減っていく。
ワープしないと間に合わないかな?という危惧もいつの間にかなくなってしまい、計算すると余裕をもって制限時間内にはゴールできるようになっていた。
相変わらず登りは歩いているが、フラットや下りでの走るペースが上がっている。
同じ時間帯ではないものの、後半コースのほうがアップダウンも厳しく疲労も蓄積してくる中でペースを上げれているのは結構すごいなと思う。
手ぶら状態に甘んじて後半は1枚も写真撮らず撮ってもらってばかり
やはり、応援団がそばにいることで力を与えてもらったり、余計な心配をしなくていい安堵感だったり、ゴールが確信できることによって身体が動いたり、、、
マラソンはメンタルスポーツ。自分を信じることすごく大事!
最後のほうで3段ジャンプのような連続坂があったな。
後半はいろんなパワーが出てきて、ランナーズハイのような状態で走れた時間が多かったように感じている。
何度もウルトラを走っていると、果てしなく遠く感じているゴールも脚さえ動かしていれば必ず到着すること。
それを身をもって感じる。
ワープなしの130㎞ゴールへ
ゴールの一つ手前の千綿駅。約24時間前に見送った仲間たちと再会。
駅の構内からの景色。とてもステキだ!
とにかく風がアホみたいに強くていらいらしながら走っていた。
この辺りのどうしようもないことに感情を乱されるのは私の弱点だし、もっとマインドコントロールできるようにならないといけない。
でも、長崎の名物はなんだ?と聞かれれば「坂と強風」しか思い浮かばないほど今回の道中は強烈だった。
そうこうしながらも脚は元気なので順調に走り千綿駅に到着。この千綿駅では構内で食事ができるようになっており、カレーが美味しいとのこと。
カレーと言えば私の大好物!最後の晩餐もカレーでいいと公に言っている。聞いてくれてるかどうかは定かじゃないが…。
ゴールまであと4㎞、時間の余裕もあるし食べていこうかと思いきや、N夫妻ら3人でラストだったとのこと😨
残念!いつの日かマラソンではなく食事にこよう!
さあ、ラスト4km頑張ろう!
いやはや、対岸を見るたびにホントにこんなに走ってきたんだとつくづく感じる。
千綿駅からもゴールまで比較的元気に走り切り、ようやくゴールの体育館が見えてきた。
M夫妻が先回りして待ってくれてゴール手前でパシャリ♬
それからゴールへ向かう。
てか、ゴールゲートがなかったのがガッカリだったけど無事にゴール!
後日、完走症が届くらしい
130㎞
長かった…
23時間15分くらいくらいかな?計ってないので正確には分からない。
公式にはチェックしていないということだったが、ワープせずに全コース走って完走したのは、70名中15名くらいだと聞いている。
途中バスに乗ってたりJRに乗ってるランナーも多かった中で、130㎞すべてを完踏できたこと、しかもベチュラエナジーで完踏できたことは価値あるものと捉えていいのかなと思う。
とにかく終わった。
毎回思うが、ウルトラ中はなんでこんなことしてるんだと後悔の念で頭が支配される。
でもゴールしてしまうと一瞬にしてネガティブな感情は消え失せ、大きな達成感や感動に置き換わるのだ。
これがウルトラやマラソンをやめられない理由なんだと感じている。
帰りは、嬉野温泉経由で温泉に浸かり自宅まで送っていただけるというこの上ない幸せのみならず、、、
なんと!
クーラーの中に大好物の炭酸飲料まで用意してくださっていた!
たまりません。感謝、感謝!
兎にも角にも、たくさんの応援メッセージや現地での応援、大会に関係する方々のおかげで無事に大会を終え、自宅に帰ることができた。
心から感謝しております。ありがとうございました!
今後の課題と対策について
今回のウルトラマラソンでは、大きなトラブルはなかったが解決できないトラブルもあった。
◉股ズレ
包帯パンツを4000円以上出して購入したが、やっぱり股ズレなしとはいかない。マテリアルの問題ではなく、時間が長いことや動き続けるため物理的に難しいのかもしれない。
ショートよりロングがいいことは確認できたが、何か効果的な対策があれば教えてほしいものだ。
◉ガスがたまるカエル腹
・医薬品(プロトンポンプインヒビター)を試してみたが、これは効果があったように感じた。
・コーラなど炭酸をなるべく飲んでゲップやおならを積極的に出すようにしている。近くのランナーさんすまぬ(笑)
◉足裏にガーニーグー
・ベチュラで裸足だと乾燥して、足裏がひび割れて切れてしまうのでガーニーグーを12時間ごとに塗る。効果はバッチリだが、今回は12時間後に塗り忘れて4か所ほど切れてしまった。
実は1ヶ月後の5/3~4に、140km(第1回長州歴史の道 赤間関街道中筋道マラニック大会)に参加する。
同じ失敗を繰り返さないようにしたい。
故障も筋肉痛もないのに思わぬ副作用!?
我ながら身体も強くなったものだと思う。
レース中、レース後も特にトラブルや故障はなく、今回は筋肉痛もほぼなかった。スクワットの効果も見逃せない。
翌日に、右足くるぶし下が痛んだものの(おそらく腓骨筋膜炎)2日目には症状も完全消失。足裏の切り傷が治れば走れるかなという状態だった。
ただ、くるぶしの症状消失とともに右足の親指の付け根付近が痛み出し、こちらは3日目の今日は更に痛みが増している。
てっきり、ウルトラの後遺症かと思って我慢していたが、どうやらこれは人生初の
痛風発作
のようだ!?
今朝のレッスンでも、何となく我慢して歩いたり軽く走ってみたりしてたけど、家帰ってから
ハンパなく痛い。
ジッとしていても痛い。
たぶん風が吹いても痛いぞ、こりゃ💦
んで調べてみた。
元々、尿酸値が高めだったが最近始めた1日1食の副作用?でアルコール摂取量が増えていた。
それに加えて、今回のウルトラ前の若干の暴飲暴食と130㎞というハードな運動→エネルギー代謝において尿酸が増えやすい状態→乳酸が尿酸の排出を阻害→血中尿酸値の上昇につながり、痛風発作が起きているものと判断している。
まったくの素人診断だが、床についてる右足を動かすと痛くて自力で上げられず、手で持ち上げている(笑)
今は消炎鎮痛剤を飲んだので若干痛みが引いてきたような気がするがやっぱり痛いな。
いろいろと調べていたら、アスリートに痛風は多いということも分かった。やはり筋肉を酷使することで上記のようなループに陥り血中の尿酸濃度が高まるリスクが多いとのこと。
常々、ウルトラマラソンは一過性の身体の異常を引き起こしたりしてカラダに悪い!と公言していたが、ホントだった(笑)もちろん、飲酒や食生活などのリスクファクターも持っているからだけど、、、
ビーサンで130㎞走っても、カラダの痛みもなければ故障もないほど丈夫なのに、痛風にはかなわない。
食生活、アルコール摂取などもう一度見直さないといけないな、これは。
明日は飲み会なのに(´;ω;`)ウゥゥ
終わりに
いろんなことがあるものの、2019年の目標であるビーサン(ベチュラン)での走行距離更新は成功し、130㎞を走破することができた。
次は140㎞にチャレンジだ。
過去を振り返ると橘217㎞では100㎞で中足部が腫れ上がり、次の壱岐ウルトラ100㎞レースでは大丈夫だった。
今回、30㎞延びて足への負担が増したことで、むくみや腓骨筋膜の痛みが出たもののすぐに回復した。
この流れで行くと、140㎞は問題なく走れるはずだ(!?)
チャレンジを止めることは自らの成長を止めること。
無理はしないが、自分がどこまでやれるのか?
そのチャレンジは今後も続けていこう!
足痛いけど…(´;ω;`)ウッ
コメント