宿題や課題たくさんで収穫あり!橘湾岸マラニック2018 DNF記


リタイアを前向きに表現するとタイトルのようになる(笑)DNFの記録なので、振り返りと今後の課題について備忘録として残しておく。

橘湾岸マラニック Eコース 217km

昨年、Lコース(173km)に参加。猛暑コンディションで完走率も過去最低?という中、かつかつ完踏できたので今年はステップアップと捉えて新設されたEコース(217km)にエントリーした。

ここで、参加資格の中にウルトラのエリートタイムと共に”サブ4”という基準が含まれていたので、その資格をもとにエントリー。しかしながら、サブ4レベルではとても完走できるようなタイム設定ではなかったように感じる。

エントリーの段階では、細かい関門設定や距離が示されておらず、関門の距離や時間がどのようになるのか?解らないままエントリーしたのも失敗だ。次回しっかり見極めて可能であればリベンジしたいと思っている。

39.6%というウルトラマラソンにしても低すぎる完走率が今回のEコースの厳しさを物語っている。

 

今回のリタイア 2つの理由


スタートして間もなく稲佐山を登る途中。朝日とともにスタート♫

①確認ミスによるコースアウト


この場所で夕日とともに私も沈む(笑)

 

70.5kmの伊王島入口関門にジャスト10時間くらいで到達して、伊王島のチェックポイント(82.2km)を目指す途中、痛恨の大チョンボでコースアウト。

往路・復路両方の矢印が書かれている交差点で一瞬判断を誤り、往路をそのまま進まないといけないのに復路へ入ってしまった。

復路としては、道も合っているのでそのまま進むもエイドはないし、伊王島大橋もない(手前で曲がっているからあるはずないのだが・・・)おまけに、しばらく前後に誰もランナーがいない展開。

途中、ボラスタッフの方に会ったものの、先方は私をみて「先頭ランナーですか?」と勘違い(笑)

私は、そんなはずもないので、「いや、前にいっぱい走ってるはずですよ!?」と答える。

ここで、きちんと話をして確認すればよかった。しばらくして振り返ったときにランナーが1人後ろに来ていた。安心して歩きながら待っていても全然来ない。

たぶん、ボラの方と話をしていたので間違いに気付いて戻ったのではないかと思う。ここでも、私は自分の間違いに気付かず、そのまま歩を進める。アホですなw

途中、ようやく出現した地元の方に「伊王島ってこの道であってますかね?」と聞くと、「いやいや!全然違うよ!」と言われ、初めてコースアウトしていることを認識した。

しかしながら、もう国道への合流も近いらしくチェックポイントまで戻る気力もなく、ただ約2時間 14km弱の道中を無駄にしてしまった。当然、チェックポイントにも行ってないので、結構きつかったけどこの時間何もしてないのと同じだ。

事務局に電話して事情を話すと、70.5kmの関門未通過という扱いで、Lダッシュ(192kmコース)への変更かチェックポイントまで戻るか二択を迫られる。

もうこの大チョンボで走る気力もなくなってきていたが、どの道何処かのエイドまで行かないとリタイアも出来ないと思い、Lダッシュに変更許可をいただきエイドを目指す。

なんで確認しなかったんだろう?冷静に考えれば、ハンドブック見ることも出来たはず。迷っている時に目の前で車の接触事故があった。

歩道にいて事故には何も関係ないけど動揺してしまった自分がいたのも事実。前後誰もいない展開、疲労でぼんやりして冷静に判断できないでいたのかも。

②足の中足部の痛み


リタイア直後の足(汚)

 

上述のコースアウトで、気持ちがプッツン切れて修復しようとするも脚が走ろうとしない状態に陥る。メンタルがやられると身体も動かないをよくこのブログでも書いているが、まさに自分で体感した。

スタートから、自分の中では比較的いいペースで走っていた。しかし40km前後から右足の中足部に痛みが走るようになった。

今回は、まだ十分慣れていないビーサンでの参戦。サンダルランは8ヶ月ほど前からやっているが、ビーサンでは3週間しか走っていない。

やはり、これまで履いていたタタミサンダルやChacoと違い、より裸足に近いビーサンラン。いきなりの長距離に負担が強すぎたのだと思う。

フォアフット着地への移行は、そう短期間に出来るものではないし、この場所を故障するランナーが多いことも知っていた。これも、まさに自分で体感するハメとなった。

この痛みが鎮痛剤を飲んでも引かなかったのもあり、104.4km地点のエイドで自主申告リタイアを決めた。(未経由地があるため実走行は93km)タイムロスと足の痛みを押してまでレースを続ける気力がなかった。


翌日の足

 

レース後、足がパンパンに腫れ上がりその後4日目には腫れは回復。その後は、足裏や指の付け根など、アチコチ一過性の痛みが巡りつづけ、1週間後にはほぼ回復した。

そう思って少し走ったりジャンプしてたりすると、再び中足部が痛くなってきた。これが続くようだと疲労骨折なのかな?と感じている。

先日のひまわり駅伝も出走回避するハメとなった。もう少し様子をみてみよう。

 

しかしながら、レース全体の運営はもちろんのこと、リタイアしてもエイドで食事を勧めてくれたり温かく対応して下さるボランティアスタッフの方々には本当に感謝している。

運営に携わるすべての関係者のみなさん、ありがとうございました。

そして、ビーサンで走る私にたくさんの声をかけてくれて気を紛らわしてくれたランナーや沿道のみなさん、ありがとうございました。

十分な人手がない中、収容などで迷惑をかけてしまった。しっかり身体を作り直して出直しだ。

課題その1 ビーサンランに耐えうる足を作る


20kmくらい?モンローがいた♫

 

敢えて”足”と書いた。よく混合されているが、足首からつま先までが”足”、足首から骨盤までは”脚”だ。今回はまだまだ走れる脚だったが、”足”がやられてしまった。

これは、単純に足がフォアフット着地に耐えれなかっただけだと思う。今後もビーサンで走ることで少しずつ中足部の筋力や骨を強化していくしかないのかなと感じている。

それ以外に、ランニングシューズと比べてもなんらデメリットを感じないビーサン。今回も100km近く走れているし、むしろメリットのほうが多いのでこれからはビーサンで走ろうと決意したのも収穫だった。

 

*ビーサンランニングのメリット・デメリットの報告はこちら↓
ビーサンウルトラランナーへの道!走ってわかった10のポイントとは?

課題その2 冷静な判断力を身につける


リタイア後しばらく収容されてたエイドにて。トップクラスのランナーと一緒に恐縮しつついただいた…

今回はいくつかのポイントで確認ミスを防ぐことが出来れば、もう少しレースを続けられていたと思う。いずれ、どこかで関門リタイアしていたとしても…

大きな大会などでは、分岐点にスタッフがいてくれたりしてコースアウトは防げるのだろうが、橘のように本当に有志の方々が尽力して成り立っている大会においては、そんなに至れり尽くせりな体制はない。

自己の判断力、情報収集力を磨かないといけない。私はどちらかというと、前に誰か走っていればついていくタイプで自分でマップを確認したりしない横着なランナーだ。

その辺りも自己責任を肝に銘じて、今後対処していこうと思う。迷ったら使える手段をフルに稼動しないと後悔が残るだけだから。

ついでの収穫

このレースは昨年走っていて、おおよそのエイド体制やコース環境がわかっていた。昨年の完走記にも書いたが、リュックを背負うと無駄なものをたくさん入れてしまう。

その反省から今回、このベストを試してみた。

納はほぼ前面のみ。背面にはポケットがひとつあるだけ

いちいち脱がなくていいし、携行品をまとめるとなんとか収納できたのでこれを使った。結果、大正解!


リュックのような揺れもなくかなり快適だった

 

大きく分けると①補給サプリ、➁ワセリンや薬など、③スマホ、充電、ヘッドライト用換え電池など)、④ポンチョ、⑤マップやCPシートなどをそれぞれのポケットにまとめて携行した。

ユニフォーム(サイクルジャージ)のバックポケットに④⑤が収納できたので、かなり軽装の状態でラクだった。これも今回のレースの収穫かな?

これからの目標


リタイア翌日、応援に駆けつけてくれた仲間と移動しながら私設エイドでおもてなし

 

今シーズンは、奥出雲ウルトラおろち100km遠足を伴走で完走、橘Eコースを自己の勝負レースと位置づけて取組んできた。本命レースが自らのミスによるDNFという結果では、シーズンを気持ちよく終われない。

もう秋はウルトラのエントリーをしないつもりだったが、もう1本ビーサンでしっかり完走して気持ちよくシーズンを終えたいと思っている。

自分のウルトラマラソンの原点でもある四万十川ウルトラマラソン100km完走からリスタートしたいな。

当たるかな?

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